ワーホリ帰国後から現在までの生活や仕事や心境、そしてこれから

さぶおです。

 

今回は

半年のビクトリアでのワーホリを終えてから、現在までの私の生活をお伝えします。

 

 

ワーホリに行くかどうか決める前から心配でしょうがなかった、

帰国後わたしはどうなっていくのか

 

 

ネットで調べる限り、ワーホリに対するよい情報は出てこない。

「ワーホリなんて、仕事投げ出して遊びに行っているようなものだ」

「そんなことで仕事辞める人間を雇う会社なんかない」

「また、急に海外に行きたいといって仕事を辞めていくんだろ」

 

まとめると

就職先が見つからない

 

結果として、私も同じく仕事探しには苦労した

今後も安定した生活が来るかなんてわからない

 

 

渡航前もそれが前に踏み出せない原因だったけど

ワーホリに行ったことは何にも後悔してない。

 

 

ベタだけど、貴重な経験だったから。

一生で一度は体験しておきたかった事

「ワーキングホリデーに行く」

という目標を達成できた。

 

 

仕事ばっかりしている日本人は正直くるっているんじゃないか?

人生の一番の楽しみが仕事ならわかるけど。

20代から定年まで仕事だけでいいの?

海外の人はもっと人生を楽しんでるんじゃないかな?

 

意見は人それぞれだと思うし、

生活のために働かないといけないから、

全部が思い通りにはいかないと思う。

目標達成のためにもお金が必要だしね

 

 

でも、できたら若いうちにやりたいことやっときたい。

老後なんか待っていられない。

体も動かなくなるだろうし、私はボケると思うから。

 

だから今ワーホリを選択して間違いはなかった。

 

 

 

本題へ

 

帰国したのは2016年2月8日

本当は2月7日帰国予定だったが、雪による飛行機キャンセルで一日延期した。

結局ずっといたホームステイ先にもう一泊させてもらった。

 

 

帰国してからはしばらくダラダラしていた。

 

 

ももクロのライブとTOEICだけは決まっていた

 

 

帰国して2週間ほどたつと、母がしびれを切らせたのか

「次の仕事とかなんかきまっとんの?」

 

 

仕事見つけなきゃとは思っていたものの、特に何もしていなかった。

そう、これがニート

 

 

じゃあ、バイト探すか~

その間に就活したらいいな

 

 

長期で続けたくなかったので、短期で探したところ、

近日始まる予定の1ヶ月のバイトがあった。

連絡したところ、2日後に面接、一週間後に勤務開始になった。

 

 

内容は教科書仕分け

 

 

教科書がギッシリ入った段ボールを、5~10名ほどで

トラックから教室へと運び、教室内で教科書を全部出し、教科ごとに分け、数を数え、

クラスまたは個人ごとに教科書を組む仕事。

 

段ボールは結構重いので、

40代くらいの女性は初日だけ出勤して、その後姿を消した。

ぎっくり腰やっちゃったらしい。

 

基本平日はフルで入るシフトだったが、

教科書が届いていなかったり、早く作業が終わったときは

早くに仕事が終わり、1日3時間ほどの勤務日もあった。

 

 

結局そのバイト期間中、就活はしなかった。

やる気がなかった

 

 

教科書仕分けは少し延期し、4月9日ごろまで働いた。

授業の始まる大学生は来れなくなったが、私は特に予定もないので、ほぼ出勤した。

 

 

4月10日からまたやることがなくなった。

いや、やることはあるんだけど。

 

 

このバイトが終わる前に次の仕事を探していなかったので、またノープラン。

いや、少し就活を進めていた。

 

面接が重なり、1週間は面接で予定が埋まった。

 

でも、そんなに面接が毎日続くことはなかった。

 

ちなみに私の就活について

前職は販売員だったが、事務職の方が向いていると思い事務の仕事を探していた。

資格や経験はなし

実家は津市だが、一人暮らしの願望があり、名古屋中心で探していた。

 

 

 

しばらくすると、母がまた

「お仕事ええのん?」

 

 

はいはいじゃあバイト探しますか~

事務の仕事につなげられるバイトがないか探していると、

病院での派遣のお仕事が見つかった。それも1ヶ月ほどの短期派遣。

こちらも、3日後くらいに面接があった。

 

勤務開始は面接してから4日後だった。

 

内容は事務

電話取次やデータ入力、コピーなど

朝からやることがない日もあったり、時間が有り余っていたので、

個人的な勉強をしていた

 

教科書仕分けより時給が高く、交通費も出るし

仕事も楽

超絶ホワイトだった

でもたった1ヶ月、事務経験のうちに入るとは思えない

 

 

病院での仕事が終わったのが5月31日

またノープランになった

 

就活はしていたが、いい結果はもらえず・・・

名古屋へ1時間かけて面接で向かうのもめんどくさくなってきたので、

30分で着く四日市の仕事も探し始めていた

 

 

さあ、次のつなぎのお仕事はどうする

 

病院事務の時利用した派遣会社は、名古屋メインで三重に仕事が少なかったので、

別で派遣会社を探すことにした。

 

 

行ったのは2つ。

 

1つ目は三重の事務のお仕事に強いという、小さな派遣会社。

 

ネットで見つけたお仕事を詳しく紹介してもらったが、合わなそうだったのでやめた。

家に帰ってからネットで探したが、そもそもお仕事の数自体が少なかった。

登録後は一度も利用していない

 

 

2つ目は全国にオフィスがある大手派遣会社。

ネット上にもたくさんお仕事があった。

ここは仕事を見つけたから行ったのではなく

先に登録してから仕事を探そうと思って登録に行った。

 

 

思いがけず登録に行った日に、いくつかお仕事を紹介してもらうことができた。

 

 

そのうちの1つが放送局での事務

未経験可

派遣で3か月勤務した後、相互同意のうえ契約社員に移行できるというもの。

 

しかし、勤務地は津市内。津市か~一人暮らし出来ないな~

 

 

でも、薄々知ってはいたが、

現在事務のお仕事は倍率がたいへん高い。

だから、経験者や資格を持っている人、即戦力となる人が優遇される。

経験も資格もない私、できるのはブラインドタッチぐらい

そして、追い打ちをかけるように面接もダメダメな私。

 

 

まぁ、ここで働いて事務の経験を積んだら、

将来の希望の仕事につなげやすくなるかな。

 

 

と思い、とりあえず面接を受けてみることにした

 

 

 

 

すぐにその職場に連絡してもらったところ、急遽翌日に面接を行うことになった

 

まだ何にも準備始まってないよ~~~~~~

 

急いで履歴書、職務経歴書を書く

志望動機が思いつかない!

自己アピールを話す練習もしていない!

 

その日はほぼ寝ず

自己アピールの練習をし、志望動機を考えていた。

志望動機は、前と後ろの文章がつながらない散々なものだったが、

特に何も言われなかった。

派遣会社の方が面接に同行してくださったので、フォローしてもらえた。

 

結果が早くも面接日の夜に電話で来た。

7月から働きに来ていただきたい、と。

 

おぉーーー、決まった? ってか結果来るの早!!!!

 

 

そしてすぐに雇用契約をむすび、無事お仕事が決まった。

 

 

 

お給与面では安い前職の給料とほぼ変わらないくらい、

賞与がない

ということに関して少しの不安は残りつつも、

ここで頑張ってみることにした。

勤務先は、世間的にはだれもが知っているところである。

 

 

ということで、

あさってから新しいお仕事スタートします。

 

さぶお